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クマのプロフィール【自分の得意なフィールドで戦え】

 

はじめまして。クマと申します。私は現在大阪府に住む26歳の自営業です。

 

ざっくり自営業になった経歴の詳細は、

 

・元々は鉄道関連会社に3年ほど働いていましたが、2020年3月に退職しました。

・その後に再就職しようと行動していましたが、当時コロナウイルスが流行する手前ぐらいで再就職に苦戦。

・仕事もないので仕方なく家でできる在宅ワークで生計を立てたわけです。

 

ぶっちゃけ言うと自営業になった理由は自分の意思ではなく『時代の流れ』です(苦笑)

 

そのため自営業を始めた当初は『副業の片手間で数万円でも稼げたらいっか』ぐらいのまったく熱意がない人物でした。

 

そんな意識低い系の人間でも自営業(仕事)の方向性さえ間違わなければ会社員ぐらいの給料は稼げるので自信を持ちましょう。

 

前置きはこれくらいにして本題でもあるスキルゼロの私でも自営業で自立できるのか説明します。

 

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もしこの記事を読んでるあなたも私と同じことで悩んでるかもしれないので下記から参考にしてみてください。

 

(人生のターニングポイントになるかもしれませんよ?)

 

クマの経歴

 

はじめに言っておきますが、やや黒歴史も混ざっています。そんな黒歴史さえさらけ出すので最後まで読んでね。

 

何もない男が自営業の道を志す人生をお楽しみください。

 

クマの人生①:小学生時代:友達に付いていくだけの人

 

小学生時代の私は一言で言うと『友達に付いていくだけの人』でした。

 

たとえば、

・友達が野球部に入ると言えばクマも野球をする

・友達が祭りに行くと言えば、親にお願いして祭りに行くように説得する

・友達が塾に行けば同じ塾に入ろうとする

 

というように野球や塾、祭りなど何があるか分からないけど、とりあえず友達が行くとなれば私もという流され人間でした(苦笑)

 

(ひどいところで言うと野球のグローブの色まで同じにするまでです。黒なら私も黒というように。)

 

流石に小学校高学年では友達に付いていくことは薄まりましたが、低学年のとき流れで入った野球で大惨事が起きたんですね。

 

それは『野球部は陽キャが多い』ことです。控えめな私にとってそれは大問題でした。

 

後先考えず入部したことで『もっと元気出せ!』とか言われて野球を上手くなりたいより、どうやったら大人から何も言われないか顔色を伺っていました。

 

野球をすることで嫌なことも多かったですが、そのぶん学んだことも多かったので最終的には財産にはなりましたけどね。

 

クマの人生②:中学、高校生時代:微妙な立ち位置の人間

 

中学、高校となれば陽キャ組と陰キャ組に分かれると思います。

 

私はどこの立場かというと無キャです。私はどっちにも属せず印象がない人間です。

 

ではなぜ無キャになったのかと言うとプライドが邪魔をしたから。

 

気持ちは陽キャ組にいたいけど私の性格上無理、一方で陰キャにもなりたくない。という気持ちが強かったから。

 

どっちかに振り切っていれば、その界隈の友達はできたはずなのにプライドが邪魔をしたせいで友達もあまりできませんでした。

 

クマの人生③:短大時代:ある程度報われる

 

短大進学と同時に親元を離れて大阪に来ました。

 

小中高とあまり楽しい人生ではなかったので一念発起してやるぞ!という気持ちでいっぱいでした。

 

結果的に短大では色んな友達にも巡りあえて楽しかったです。

 

小中高では全員顔見知りで噂広がりやすかったため消極的な行動ばかりとってましたが、誰も私のことを知らない地では人間関係をリセットできるのでおすすめです。

 

同時に無キャだった私に趣味もできました。それは音楽コンサートです。26歳になった今も音楽は大好きです。

 

クマの人生④:会社員時代:絶望

 

短大からとある鉄道関連会社に就職できました。ここに就職した理由は特にありません。たまたま受けたら合格しただけです。

 

ここまで生きてくれば自分は何もない人間だって理解しています。

 

なので、この会社で生涯働ければいいと感じて特に頑張りもせずに淡々としていました。

 

ただ仕事を頑張ってないと制裁を加えられるのが会社員です。職場で飲み会やコミュニケーションを疎かにしてました。

 

結果的に陰口の的にされましたね。

 

元々職場環境が悪く陰口や騙し合いが多い会社だったので気にしてなく、私も言われてると薄々感づいていました。

 

むしろ陰口や騙し合いが普通な会社なので気にしたら終わりと逆に他の従業員を下に見てました。

 

結果的に片道切符の島流しです。いわゆる要らないから無理やり転勤させられただけです。

 

このときの私の心情として『やっぱり来たか?この会社あるあるの手法だから仕方ないか...』と割り切ってました。

 

ただ『転勤先は要らない人が行くブラック企業だったので行っても無駄か!』と思ったので自分で退職しました。

 

クマの人生④:自営業時代:絶望からの下剋上?

 

有給消化中の退職まで『これからどうしよう?』転職先を探していたときに予想外の事態が起きたんです。

 

当時退職予定が3月で2月の有給消化中にコロナが...コロナが流行り出した3月以降どこの会社も採用stopに...

 

これには流石に『終わった...』と思いましたね。

 

そこで小銭稼ぎとして在宅ワークをやり始めました。

 

なぜ在宅ワークをし始めたかというとコロナで外出しにくい理由もありますが、一番は人嫌いで嫌な大人の関わりたくなかったから一人でできる仕事を選びました。

 

在宅ワークでした仕事はwebライターとブログ、動画編集、せどりと色々試行錯誤して突破口を探す日々。

 

そのなかで動画編集が一番反応が良かったので動画編集の一点集中に。

 

見よう見真似で頑張り半年で会社員の給料一歩手前までになりました。

 

再就職の小銭稼ぎとして始めた在宅ワークがいつの間にか本業になっていて嬉しかったです。

 

当時『人付き合いが苦手な私にとって天職だ...』とまで思っていましたからね。

 

クマの人生④:自営業時代:絶望からの下剋上からの絶望?

 

在宅ワークの動画編集で上手くいってはいたものの長続きもしませんでした。

 

なぜなら動画編集はクライアントありきのビジネスだから。

 

クライアントからすればクマなんてイチ編集者としてしか見てないので急に打ち切りされました。

 

結果的に上手くいく流れでしたが、また絶望に叩き出されました。

 

当時は悔しかったですが、クライアントワークは危ないなと考えブログを開始。

 

なぜブログかというと自分の都合で仕事ができ、なおかつお金もかからないから。

 

1年くらいブログで稼げませんでしたが、動画編集で何とか食いつないで動画編集とブログで両立に成功!

 

収益も会社員以上に安定しました。

 

最後に:自分の得意なフィールドで戦え

 

これまでのクマの人生で共通してることは人から好かれなったこと。

 

そう私は人からあまり好かれないのです(ドヤッ)

 

小学生時代の話に戻りますが、よく『クマ元気だせよ!』『元気出さないと将来苦労するぞ?』と言われました。

 

で、実際に人付き合いが上手くいかずに苦労しました(泣)

 

でもねクマからすれば『『元気ない人に元気出せ?』と言われても無理だろ?』と。

 

『クマ元気だせよ!』と言われて元気出せるなら全員陽キャだろってね!

 

もちろん元気出すということは社会人として大切です。これは重々承知しております。

 

でも無理なものは無理!暗い性格の人が明るい性格にするなんてものは不可能に近いです。

 

じゃあ私はどうしたか?自営業で人となるべく関わらないようにして仕事した!だけです。これで問題解決です。

 

不得意なもとを克服するのは学生まで。社会人になれば不得意なものは捨てて得意なものを伸ばせと。

 

自分の得意フィールドで戦うことを意識して仕事をしましょう。

 

私なら『人付き合いは苦手で、その代わり一人で黙々と仕事するのが向いてる』から在宅ワークを極めただけです。

 

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